みんなのお気に入りや世界のさまざまなスプーンを見つけ出すだけじゃなく「1本くらいオリジナルを作ってみたい!」という欲望が、やっぱりふつふつと沸き上がって来てしまいました。だって、楽しそうなんだもの。そんなわけで「究極のカレースプーン」を作るという、いつ終わるとも知れない壮大な冒険が、いま、始まったのです。
さて、スプーンを作る話なのにまず我々が着目したのが、カレーの本場インドではスプーンは使わずに手で食べるという事実。カレースプーンの原点は「手で食べる」ことにあり、我々がまず挑戦すべきは、それを体験することではないのかっ!ドン(立ち上がりながらテーブル叩く)!そうだそうだ!楽しそうだし!ということで、スプーンシップメンバー4人、早速インド料理屋へ乗り込んだのです。
勢い込んでスパイス香りの中に飛び込んだものの、安心は禁物。インド料理屋だからといって、北関東のはずれのふつうの店で、本当に手で食べられる確証は、まだありません。「ハァ?」などといって馬鹿にされたりしないだろうかと、不安を抱きながら「あのぉ、カレーを手で食べてみたいんですけど、、、」と聞いてみると、、、「ハイ、ではフィンガーボールお持ちしますね」とさわやかな返答が。あぁ、よかった。一同ほっと胸をなでおろし、カルダモンの香りを鼻から大きく吸い込みました。
レモンと花びらが浮いたシルバーのフィンガーボールを前に、マハラジャ気分で待つことしばし。カレーがやってきました。店員さんから「右手の指でカレーをライスの上にのせ、軽く混ぜ、少量指にとり口に運ぶ、これが基本スタイル」と教えてもらい、いよいよ実食です。手デビューです。
最初にカレーの皿に指を入れた瞬間、背筋のあたりを罪悪感と背徳感が走り抜けました。「手で食べるのは悪いこと」という文化で育ってきた日本人にとって、体に染み付いた倫理感に真っ向から逆らう行為だからです。しかし、まさにこのとき、私たちは日本とインドの文化の壁をひゅるりと飛び越えました。そう、ここから先はもう、インド。手で食べることが当たり前の世界。フィンガーボールは上流階級が使うアイテムらしいので、むしろ貴族。
食べていくうち、手で料理を感じることによって五感全てがいつもより豊かになる気がしてきます。そしてなにより、手で食べるのは楽しい。では、4人の貴族が手で品よく味わったカレーについて、それぞれの感想を記します。
・食材に直接触れると温度を直接感じられる。とても豊かな食べ方だと思った。
・カレーと自分の距離が近くなり、もっと深い部分で味わえた気がする。インドカレーがどんなものか初めて本当にわかった気がする。
・手で食べると感覚が敏感になって、スプーンを使って食べた時とは違った味わいになるのが不思議。「食べてる」ことを実感する。果物や野菜を手づかみでかぶりつく感じに近い。
・ごはんの柔らかさ、カレーの熱さを手で感じるのは感動的だった。香りも、指から直接やってくる。一連の動作は原始的で愉悦を感じる。「やっぱり俺たち動物なんだな」と思った。
ほんとうに、そうなんです。インドカレーをスプーンで食べるのと手で食べるのは、全く異なる体験なんです。是非みなさん一度体験してみてもらいたいなぁ、文章じゃ一部しか伝わらないですもんね?なんというか、あなたの中でカレー革命が、きっと起きます。スプーンが無いなら手で食べればいいじゃない、て感じ。
そんなわけで「手でカレーを食べること」は、予想以上に鮮烈で、驚きに満ちていて、言うなればカレーとスプーンの概念が一度破壊されるような体験でした。
創造は破壊の後にやってきます。究極のカレースプーンへの旅、スプーンシップの面々は、カレーの香りが残る指で行く先を示しながら、理想的な一歩を踏み出したのでした。
つづく
追記1:キッチンにいるインド人コックさんに店員さんが聞いてきてくれたのだけど、手で食べている時は、食べること自体に集中するので、少ない量でもお腹がいっぱいになるとのこと。確かに、一度に口に運べる量がスプーンに比べて少ないこともあってか、一杯のカレーで完全燃焼した気がした。胃というよりも、五感とか脳が満腹になったような感覚ですね。
文:荻原貴男